静かな波の音。ここではそれさえも珍しい海の上。島が近いのだろう、気候は安定している。船員はそれぞれ自分のしたいことをしている。自分も何かしようかと思ったが、特にすることもなくただうろうろ歩き、みんなを見ていた。

そして見つける、いつもの場所に、いつものように寝ている姿を。



「ねえ、いつまで寝るの?」

「・・・」

「ぶひー」



鼻をつまむ。すると目がぱちっと開いた。いかにも不機嫌そうな瞳が見える。



「あ、起こしちゃった?」

「起こすつもりだっただろ」

「ごめんごめん、暇だったの」

「オレ今日夜見張りしなきゃいけねェんだよ」

「見張り?」

「ナミの推測じゃあ、今夜辺り島に着くそうだから、ギリギリまで船を動かすんだと」

「へぇ・・・それで見張りね。だから寝てるの?」

「おう」

「・・・いつも寝てるくせに」

「・・・まぁ、そういうわけだから邪魔すんな。はあいつらに遊んでもらえ」



ぴっと指を差した先にはルフィとウソップとチョッパー。また馬鹿みたいな遊びをして馬鹿みたいに盛り上がってる。

いやよ、って再びゾロを見るともう寝てる。



「まったく・・・」



かといって私はここを離れる気はない。あぁ、何ならいっそのこと。

ぎゅ、とゾロの腕に手を絡めて体重をかけると、再び目が開いた。



「何のつもりだ?」

「一緒に寝るの」

「船室で寝ろよ」

「いやよ、なんでこんな暖かい日に」

「・・・好きにしろ」

「ありがと」



ゾロの隣で、静かな海で、騒がしい船員達の声を聞きながら寝るのは最高に幸せだった。腕から、体に伝わるゾロの熱。ゾロは拒むことなく、体重を支えてくれる。この上ない安心感。なんて幸せ、なんて幸福。

遠くでひやかすような声と怒るような声が聞こえたけど、この温暖な気候とゾロの体温は私の体をあっという間に夢の世界に引きずり込んだ



「おい、飯だぞ」

「・・・んぁ」



目を開けるともう夜だ。暖かい夕食の匂いが漂っている。大食いと戦うコックさんの声も聞こえてくる。



「うそ・・・ずっと寝てたの?」

「あぁ。爆睡してたな」

「・・・顔、見た?」

「アホみたいに口を開けてたぞ」

「いやーっ」

「おい、待てよ」



すぐに立ち上がってゾロから離れた。一直線に走る。

すごい顔してた、絶対すごい顔してた!



「おぉ、起きたのか、ちゃん。夕食できてるぜ。クソ剣士に変なことされなかったか?」

「知らない」

「・・・おいクソ剣士、なんかしただろ。ちゃんめっちゃ不機嫌じゃねェか」

「あ?知らねェよ」



ゾロはこういう時、本当に面倒臭そうな顔をする。そんな顔を見ると、いつもいつも後悔したくなる。

内心ビクビクしてるんだ。ゾロがいつ私を嫌いになるか、恐い。余裕のない考えは行動にも出てしまう。情けない。けど、恐い。私はゾロに嫌われるのが何より恐いよ。

みんなが食事をしているテーブルに行き、いつもの席に座ると、隣はゾロだったことを思い出した。ゾロは何事もないかのように隣に座って、むしゃむしゃとご飯を食べている。ちらり、と横目でゾロを見るとゾロもこちらを見た。けど、すぐに視線を戻す。眉間に皺が寄ってる。どうしよう、愛想がつきたのかもしれない。そんなことを考えると急に気分が悪くなった。気持ち悪い。・・・ちょっと休もうかな。ご飯が途中だけどイスから立った。これ以上この場にいるのはつらい。そんな私に気付いたコックさんが話しかけてきた。



「ん、ちゃんどうした?もういらねェのか?」

「うん・・・」

「口に合わなかったか?」

「ううん、美味しいんだけど・・・食欲がなくて。ごめんね」

「いや・・・あとでおにぎりでもにぎっとこうか?」

「あ、うん。ありがと」

ーっ!いらないならオレが食ってやるよ!」

「おい、お前は食いすぎだ」



ごつん、とコックさんの手がルフィの頭に。楽しそう。あれ、私は今までこの輪の中にいれたんだろうか。それともこんな風に、今みたいに、輪の外からただ中を覗いていただけなのだろうか。一つ不安になると、次々自信がなくなって頭が痛くなる。
昔からこういう子供だった。どうしようもないほどにマイナスな考えは体にも影響して、すぐに腹痛や頭痛を起こす体質だった。最近はそういうこともなくなって安心していたんだけど。精神的に強くなれたと、また勘違いしていたのだろうか。

考えるのはやめよう。
最近飲むことのなかった薬のびんは開けにくくなってて、開けるのに時間がかかった。3粒取り出して無理矢理に飲み込むと楽になれた気がした。

ぼーっとしているとあっという間に時間は過ぎていた。けど、ずっと寝ていたせいか全然眠くない。夜の船の上はなんだか不気味だ。みんなの寝息が聞こえるここは大丈夫だけど。外に出たら恐いだろうな。
一度外の空気を吸おうと外に出ようと思ったら、急にお腹が減ってきてキッチンに行った。するときちんと美味しそなおにぎりがおいてあった。
明日きちんとお礼を言おう。

おにぎりを持って外に出てみると、思ったよりも恐くなくて安心した。月の光が、一人じゃないと言ってくれているようだった。
もしかすると自分の考えよりも、現実はもっと優しいものなのかな。



「おい、何してんだ。風邪引くぞ」



ふいに聞こえた、聞き慣れた、声。



「・・・誰かさんのお昼寝に付き合ってたせいで、眠れなくて」

「勝手に寝たんだろうが。・・・来いよ、ここ」



目を逸らして、ちょっと困った風に言う。吐く息が白い。



「せまいよ」

「・・・」

「行きます行きます」



とん、とん、とはしごを上ると、見えた。はっきりと、くっきりと近くにあるその顔。



「おら」



ぶっきら棒に出された手。それを握る。



「ありがと。寒いね」

「おう」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・なんで怒ってたんだ?」

「え?・・・いや、別に。怒ってはないよ」

「嘘つけ。明らかに不機嫌だったぞ」

「ゾロには言われたくないな・・・ゾロだってそんな顔してた」

「お前がそんな顔をするからだ」

「・・・なんでもないよ」

「言いたくねェなら、別にいいけどな」



視線を前に戻して遠くを見るゾロ。言いたくないわけじゃない。ただ、言える自信がないだけなんだよ。



「ゾロ、わたしのことすき?」

「あ?んなこと訊くな」

「ほら、そうやってはぐらかす」

「別にはぐらかしてねェだろ」

「はぐらかしてるよ。そうやって曖昧にして」

「・・・何を聞きてェんだよ」

「・・・答えを」

「・・・あー、もう面倒臭ェな」

「・・・ほら、面倒臭いんだ」

「あ?」

「面倒なヤツって思ってるんでしょ?」

「別に、そんなこと思ってねェよ」

「そんな顔、してる」

「・・・元からだって」



はぁ、と深いため息をつくゾロ。ごめん、ごめんね。嫌いにならないで。心ではこんなに叫んでいるのに。



「んな顔すんな」



ぺしっと、ゾロの手が額に当たる。



「だって・・・」

「思ってねェ、本当だ。ただ、どうしていいか分かんねェんだよ」

「・・・ごめん、扱いにくくて」

「・・・本当だよ」



にしし、って笑うゾロ。時々、子供みたいな無邪気な顔をして笑う。その顔が、たまらなく好きだ。



「いいの?」

「あ?」

「こんなやつと一緒にいていいの?」

「・・・仕方ねェだろ」



ずい、とゾロの顔がすごく近くに寄る。耳元に口が。優しい声が聞こえる。
惚れたヤツの弱味だ、って一言言うとゾロは顔を隠すようにキスをした。軽く唇が触れ合う程度のキスを何回か。ぎし、と本来2人乗るべきでない見張り台の床が軋む。ぴたりと密着する二人の息。



「ゾロ」

「あ?」

「好きよ」

「・・・知ってる」



ぎゅ、と今度は私から抱きつく。優しく、強く抱きしめる。そ、と不器用に背中に回される手。大切で、愛しい。



「・・・寒いね」

「あぁ」



風がムードを壊すようにびゅうっと勢いよく吹く。見張り台は少し揺れる。



「ねぇ、これ大丈夫なの?」

「大丈夫だろ」



思わず抱きしめるのをやめ、そのままゾロの上に座った。



「えー、揺れるよ?降りようかな」



すると、ぎゅっと手を握るゾロ。顔を見ると、さっと逸らしてバツの悪そうな顔をする。



「折れても助けてやるよ」

「・・・」

「・・・なんだよ」

「ううん、なんでもない」

「・・・」

「食べる?」



コックさんのにぎってくれたおにぎりを出す。袋からおにぎりを出すと、なんとまだ暖かい。どんな作り方でどんな保温をしたのか。



「あったかい・・・優しいね」

「・・・」

「はい、どうぞ」



ゾロはそのおにぎりを受け取るとむしゃむしゃ食べた。



「美味しいね」

「・・・あぁ」

「・・・」

「何笑ってんだよ」

「ううん、なんでもない」

「さっきからそればっかりだな。オレに隠し事してんじゃねェ」

「へっ」



ちょっと偉そうに言ってみると鼻をつままれた。



の考えてることなんてお見通しなんだよ」

「じゃあ言わなくてもいいんじゃん」

「・・・チッ」

「・・・」

「・・・」

「・・・あったかいね」

「おう」



月明かりで照らされた船はいつもよりずっと静かで、でも優しくて落ち着いていた。私の頭の中とは大違いで、それはとても安心できるものだった。空には星がたくさん輝いて、隣には大切な人がいる。

いつの間にか、薬なんていらない。踏み出すことの足りない私はいつも勝手におびえて閉じこもる。けど、飛び出してみればそれは案外あっさりとしていて、むしろ私を落ち着かせてくれるものだった。





気がつけばやっぱり夜は明けていて、私とゾロは見事に爆睡していた。あんなに眠くなかったのに。目を開けたときにはすっかり朝で日が昇っていて、島がすぐそこに見えた。下の方では、昨日と変わらずひやかす声と怒る声と騒ぐ声とあたたかい朝食のにおい。



「下に下りるか」

「うん」








あしたまた不安になるかもしれなくても、わたしはと思った。






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