黒い音符 滑る指 初めて会ったときから不思議な気持ちがしてた。 このどうしようもない切なさが同調して、膨らんだ。 彼の瞳を見るといつもそうだ。 まっすぐに、深い。 どこまでも深いその瞳を見るたびに、切なくて、泣きたくなって、愛しかった。 「サスケ」 「あ?」 「会えてよかった」 そっと頬に触れて、その温もりに触れた。 「どうしたんだよ、急に」 怪訝そうな言い方で問うサスケ。 けど顔はいたって普通だ。 もしかしたら彼はもうわかっているのかも知れない。 出会った瞬間から。 ぽーん、と悲しい響きが部屋に響いた。 私の部屋にある大きなグランドピアノが音を立てた。 もうずっと触っていなくて埃かぶっていたものだった。 そっとふたを開けて赤い布を取り、ゆっくりと音を奏でると懐かしい音が響いた。 悲しい余韻を持ちながら。 「言えよ」 「・・・私ね、ピアノって嫌いだったの」 「おい」 「聞いて」 サスケの荒立った声を制して言う。 「小さい頃お母さんから無理矢理習わされて・・・女の子ならピアノやお花はできなきゃだめだって」 「嫌いだった」 「楽譜につづられた音符を見て誰が作ったかも分からない曲を弾くの」 「どの曲も好きになれなかった」 「テンポも気持ちも紙一枚に書いてある」 「指定された通りに、個性も何もなく」 「これじゃあ、機械だってできる」 「私は、音を出す機械なんかじゃないって、意固地になって、嫌いだった」 「だけどお母さんも誰もいなくなったときに、私の部屋にはこのピアノしか残らなかった」 「憎らしかった」 「なんで私はこんなものと一人で残ってるのかって」 「けど、今分かるよ」 「私の部屋にこのピアノがなかったら何もないんだね」 「リストもショパンもドビュッシーもラフマニノフもこんな思いをしたことがあったかな」 「なら、私は今この人たちの思いを抱きながら弾くことができる」 サスケは黙って聞いていた。 分かっているようないないような曖昧な表情をしていた。 もしかしたらあえて顔に出さないようにしているのかもしれない。 「。ラフマニノフ、リラの花 弾きます」 そっと壊れ物を扱うようにピアノに触れた。 色んな想いがよぎった。 音が自然と悲しい旋律を持つのは、私が機械なんかじゃなく生きていて、それをピアノが感じているということ。 私はサスケが好きです。 恋をしました。 愛していました。 その瞳に吸い込まれて、その漆黒の髪の香りが好きで、暖かい背中が好きで、ぶっきら棒な優しさが愛しかったです。 あなたを愛せて幸せでした。 「・・・」 弾き終わったときには息が上がって涙で鍵盤が見えなかった。 そっとサスケが後ろから抱きしめてくれた。 そのぬくもりを感じながら、言う。 「ばいばいだよサスケ」 「・・・なんでお前なんだよ」 かつん、と暗部の面が冷たい音を立てて床に落ちた。 あたしにはもう、あなたが呼んでくれる名前もないの。 |
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